かけはし誌上コラム(かけはし掲載分) 羽田鉄工団地協同組合

後藤辯護士による法律相談コーナー
最新号(平成23年12月)
平成23年  3月 「クーリングオフについて」
4月 「裁判員制度あれこれ あなたも裁く人に」
5月 「強制起訴ー検察審査会の役割」
6月 「痴漢は犯罪 君子危うきに近寄らず 〜前編〜」
7月 「痴漢は犯罪 君子危うきに近寄らず 〜後編〜」
8月 「続・女性の敵・ザ・ストップ・痴漢行為」
9月 「知っておきたい法律知識 (内部統制システムとは?)」
10月 「“無罪推定”・“疑わしきは被告人の利益に”とは」
11月 「法の諺あるいは法律家に向けられたジョークの数々−その1」
12月 「意外! 法律はこうなっている。」

平成23年12月

「意外! 法律はこうなっている。」

 法的責任は、特別な規定がない限り、行為者自身のみが負うのが原則。
こういう事例がありました。
 Aさん夫婦は、人も羨むほど仲の良い夫婦です。よく夫婦で出かけたりしているし、小学生と中学生の2人の子どもがいるのですが、2人とも学校の成績も良いし、朝夕の挨拶もするような近頃珍しく感心な子どもに育っています。きっと親の躾も良いに違いない。
 ところがAさんには、人知れぬ悩みがありました。それは、奥さんの浪費癖です。奥さんは、月に一度は、手当たり次第にカードで買い物をしてしまう性癖があったのです。Aさんは、会社の社長なので、少々の買い物は仕方がないと諦めていたのですが、最近は、Aさん名義のカードを使い、その金額も半端なものではなくなっています。
 さて、夫であるAさんは、奥さんの半端でない買い物代金を支払う義務があるでしょうか。
法律は、個人責任を原則とします。行為者すなわち契約の場合は契約当事者が責任を負うのです。例えば、他人の借金に連帯保証した場合、何故、連帯保証人は他人の借金の責任を負うことになるのかと言えば、連帯保証したという行為責任に基づいて責任を負うことになるわけです。
 妻が妻の名義で行った売買、借入等による債務について、夫であるからといって当然に夫にも責任が生じることにはなりません。
 同じことは、親子関係においても当てはまります。親の債務を子が負うことはないし、逆に子の債務を親だからといって負うことにはなりません。家族運命共同体のようなことはありません。
 かつて、サラ金業者などが、妻の多額の借金を夫に対し、夫であることを理由に払えと責めたり、子の借金をその親に対して子の親として責任を取れなどと過酷な取り立てをしたりしたため社会問題化したことがあります。しかし、このような場合、夫や親は法的責任を負わないのは明らかなのです。業者は理不尽な請求をしていたわけです。夫や親に請求し続けることは義務なきことを強要するものであり、業者には不法行為責任が生ずることとなります。
 夫婦は、互いに独立した法人格を持つ者であるから、妻の借金だからといって夫にその支払い責任が生ずることはありません。このことはよく記憶しておく必要があります。
ところが、次の特別規定があります。民法761条です。これには、日常家事債務については夫婦に連帯責任がある、と規定されております。日常家事債務とは、日用品費、食料品費、医療費、衣料品費、学費、家具、電化製品代などであり、仮に妻が妻の名前でこのような債務を負担したとすれば、夫にも連帯責任が生ずるというものです。
 何をもって日常家事の範囲内とするかは、夫婦の社会的地位、資産、収入にもよります。高価な訪問着代、自動車代、高価な装飾品代、高価な家具代などは日常家事債務には入りません。
                                                              以上




平成23年11月

「法の諺あるいは法律家に向けられたジョークの数々−その1」

 今回から何回かに分けて、法の諺や法律家に向けられたジョークを紹介したいと思います。
ジョークには当然のことながら、ブラックジョークも含まれます。願望と自戒を込めて紹介することとなります。みなさんは、いずれ裁判員として重大な刑事事件の裁判に関与することとなります。このシリーズが少しでも法に興味を抱き、裁判員になった際の参考になればとの気持ちから取り上げてみたいと思います。

@天国の門前で、元アメリカ人弁護士が門番から質問されました。
「あなたは、何歳で死んだのですか」。
元弁護士は「60歳です」と答えました。
門番は「そんなはずはない。あなたは101歳のはずだ。弁護士費用の請求書に記載された時間を合計すればそうなるではないか。うそをついた罰だ、地獄へ行け!」。
これは、アメリカでの弁護士費用が、タイムチャージ(時間)制であることに関係しています。
この元弁護士は、仕事の時間数に応じて費用が計算されるシステムを悪用して、実際の時間よりも水増しして請求書を出していたので、それを合計すると、101歳になってしまう、というジョークなのです。
 訴訟社会アメリカ、弁護士社会アメリカには、弁護士に対するジョークが数限りなくあります。それだけ弁護士が身近な存在でもあると言うことでしようか。94万人もいるといわれている国です(ちなみに日本は平成23年8月31日時点で3万0522人)。ニューヨークでは、石を投げれば、弁護士に当たるともいわれます。
リンカーン大統領、最近ではクリントン大統領、ヒラリー夫人も弁護士ですし、議員その他あらゆる分野で弁護士が活動しています。親は子どもをなんとか弁護士にしようとします。弁護士がひとつの出世コースだからです。他方、あくどい稼ぎをする輩(シャーク・人食い鮫)として批判の眼でみられる弁護士もいるのです。

Aアンビュランス・チェイサー(救急車を追いかける人)と呼ばれる弁護士もいます。
救急車の行き着くところ、事故があるということで、救急車を追いかけて現場に行き、加害者又は被害者に弁護士の名刺を差し出して、是非この件を私に任せてください、費用は一切かかりませんが、勝訴したらその賠償金の3分の1を下さいなどといって事件の受任をする弁護士達をこう呼んでいるのです。依頼者はお金がかからないですから、委任することになります。こうして事件はどんどん増えていくということになります。
The more lawyers,the  more processes.
意味は、弁護士が多くなればなるほど、訴訟が多くなる、ということです。
アメリカの漫画には、弁護士ビル前の路上で車同士の事故が起きた瞬間に窓という窓から弁護士が乗り出し、あるいは玄関から一斉に多数の弁護士が名刺を手に飛び出してくる様が描かれているものがあります。交通事故程度でこの有様なのです。

Bアメリカでは、天国と地獄が裁判をしたとしますと、いずれが勝つのでしょうか。
地獄が勝訴するといわれています。アメリカでは、弁護士は死ぬと地獄に行くものとされているのです。地獄には、弁護士がたくさんいることになります。天国と地獄が裁判をしますと、訴訟技術に長けた弁護士がいる地獄が勝訴する、という話しです。
                                                               以上



平成23年10月

「“無罪推定”・“疑わしきは被告人の利益に”とは」

1.いずれも刑事裁判の鉄則とされる原則です。
@被告人には、無罪の推定があります。被告人は、有罪の判決を宣告されるまでは無罪を推定されるという原則です。法廷では、裁判が始まれば、手錠も腰縄も外されます。
A“疑わしきは被告人の利益に”とは、1点でも合理的な疑いがあれば、被告人を有罪とすることはできず、無罪となるということです。
刑事裁判では、有罪の立証責任を負担するのは、起訴した検察官にあります。被告人に無罪の立証責任があるのではありません。検察官の有罪の立証の程度に応じて、被告人としては無罪を裏付ける証拠を提出する必要性が出てくるというだけです。
検察官は、合理的な疑いを1点も差し挟まないほどに有罪の立証をしなければなりません。
アメリカでは、有罪をギルティ、無罪をノットギルティと言います。この言葉遣いからも明らかなように、無罪とは、有罪ではないこと、ということを意味するだけで、必ずしも無実であることを意味していません。無罪とは、このように検察官が合理的な疑いを超えて有罪と立証できなかったことを意味するだけだと理解されます。この理は、日本の刑事裁判においても変わりはありません。

2.アメリカ・カリフォルニア州での話。
夫が、自分の妻を殺したということで、殺人罪で裁判に掛けられました。裁判は、陪審法廷で進められました。
検察官は、妻の死体を発見できないことを除けば、完璧に夫の殺人罪を立証しました(死体なき殺人事件は日本でもあります)。一方、弁護人は、殆ど、反証らしい弁護活動をせずに、目を瞑っているだけでした。
証拠調べが終わり、最終論告・弁論の段階になりました。
検察官の立証をみて、誰も有罪を疑う者はいなかったはずです。
検察官は、被告人である夫に対し、死刑を求刑しました。
次は、弁護人の弁論の番です。
弁護人は、ゆっくりと立ち上がり、陪審席に向かって、こう弁論しました。
「皆さん、本件は、誠に簡単な事件です。被告人は、完全な無罪です。これほど簡単な事件はありません。被告人は、ただの1点において、無罪です。」
陪審員は、それまで何も弁護活動らしいことをしてこなかったこの弁護人が、一体どのような簡単な理由で被告人が無罪だというのかと、訝しげに弁護人の顔を見ました。すると、弁護人は、陪審員だけに聞こえるような小さな声で、こう言ったのです。
「実は、被告人の妻は、生きているのです。生きているから、死体がないのです。」
「いま、被告人の妻は、法廷に入ってきます。」と。
陪審員は、一斉に後ろを振り向きました。アメリカの法廷への出入り口は、法廷の後ろにあるからです。出入り口を見るには、陪審員は振り向かなければなりません。
殺されたのであれば、妻の死体があるはずです。死体がないということは・・・・
「そういうこともあるかも知れない」すなわち、生きているからかも知れない、という心証を持つのであれば、殺人罪としては、いまだ立証不十分ということです。検察官の立証で、有罪を確信しているのであれば、いまさら振り向くはずはありません。
検察官は、陪審員が一斉に振り向いたことで、敗訴を覚悟しました。
ところが、陪審員の評決(バーディクト)は、有罪でした。
腑に落ちない弁護人は、判決後、陪審員に何故、有罪の評決をしたのかを聞きました。
「君たちは、全員、後ろを振り向いたではないか。」と。
陪審員は、言いました。
「そうです。私たちは、全員、後ろを振り向きました。ただ、この法廷中で、ひとりだけ後ろを振り向かなかった人がいたのです。」
「そう、あなたのクライアントだけです。」と。
被告人は、自分が殺しているので、妻が生きているはずはないこと、したがって、法廷に入ってくることはあり得ないことを知っています。だからこそ、振り向く必要もなかったのです。一般市民から選ばれ健全な常識を発揮すべき陪審員がそのことを見逃すことはなかったのでしょう。
                                  以上




平成23年9月

「知っておきたい法律知識 (内部統制システムとは?)」

1 企業にとって社員は人的資産であり、社員を大事にしない会社は将来がないと思われるが、その会社自体の問題と しては、内部統制システム(リスク管理体制の充実)で不祥事を防ぎ、会社の存続を守るということが大事であること はいうをまたない。不祥事で会社が潰れてしまった例が最近では珍しくない。

2 内部統制システムとは「ミス」、「不正を未然に防ぐ」システムのことである。粉飾会計やリコール等が続き、企業の信頼が失われている。そこで、企業の信頼を取り戻し、信頼を確保することが必要とされる。

3 少し前になりますが、まだ記憶にある方もおられるかと思うが、石屋製菓の「白い恋人」の例を取り上げたい。
  同社は、平成19年5月売り残った商品が返品されたので、「白い恋人発売30周年記念」というパッケージを張り替え、通常の包装に替えた際、賞味期限を1か月先に書き替えた。
  一旦商品として売りに出したところ、売れ残ったので、返品を受け、包装し直し、賞味期限を書き替えた(延ばした)というものである。同種のケースとして赤福の製造日改ざんのことがある。

4 こんなことを会社としてやるかやらないかということが内部統制システムの問題なのである。売り残ったので勿体ないということでやって良いのかという問題である。
 包装し直してもお客様には分からないだろう、分からなければいいのだという考えで良いのかという問題なのである。会社の代表者が知っていたとか、関与していたとかには関係がない。社長は知りませんでした、担当者がやったことです、ということはもはや通用しないということでもある。
 取るべき立場は、はっきりしている。消費者に対して誠実か。誠意ある態度を取っているかという視点である。
 取締役は、会社に対する善管注意義務がある。取締役と会社は委任関係に立つからである。取締役は、善良な管理者としての注意義務が要求される。問題がそのまま放置され、後延ばしにされたり、蓋をされたりしていると次第に大きくなって、ついには、会社の存亡に関わってくる。取締役にはこれを放置してはならない義務が要求される。社員には、会社に対する職務専念義務、忠実義務があるから同じことが要求される。内部統制とは、難しく考えず、リスク対策のことと考えて良い。

リスク対策(リスク管理)とは、
@ 法令を遵守すること。これは、六法全書の法律だけでなく、会社の就業規則などの規定も含まれ、これらを遵守していることが必要である。

A 業務が適正に行われていること。会社が正しいことを行っていること。法に違反しなければ何をやってもよいというのではなく、消費者に誠意ある業務の遂行態度でなければならない。
 仮にも、違反行為、不適正なことがあれば、それをチェックでき、改善する体制になっていることである。間違いを絶対してはならないということではなく、人は間違いをするという前提でなければならない。「人間のすることに完全はない。」のである。大事なことは、間違いが起きたときに、逸早くチェックでき、拡大しない体制を取れるかである。
 絶対間違いがあってはならないという体制は、隠蔽体制に陥りやすいのである。

B 財務内容が信頼できることである。
 会社が潰れるのは、2つの場合である。
ア 巨額の損失の発生
イ 顧客の信頼を失ったとき
である。
 中江藤樹(江戸初期の儒学者)は、翁問答の中で、「徳治は、先、我心正しくして人の心を正しくするもの也」としている。相手に信頼して貰うためには、相手を信頼することから始まる。信義を尽くせば、相手も信義を尽くす。相手を騙してやろうとすれば、相手もこちらを騙そうとする。
 法律万能主義は、本末転倒ということも教えている。時、処、位が大事だと説く。
 時が大事とは、冬に田を打ち、タネを撒いても労多くして功少ないようなことをいう。
 処が大事とは、畑に稲を植え、田に豆を植えても育つものではないことをいう。
 位が大事とは、他人の田畑に植えても自らの用に立たず、盗人と疑われることをいう。
 結局、内部統制システムとは、世間から信用性を失った企業、社員から信頼を得られない企業は、いずれ破綻するかも知れないということに思いを致させるために、経営者に重い責任を課したものと考えるべきではないか。
以上



平成23年8月

「続・女性の敵・ザ・ストップ・痴漢行為」

今回は、被害者の権利救済についてお話します。
「痴漢は、犯罪」ですから、被害者は、加害者に対しては、刑事告訴ができます。刑事告訴は、犯罪の被害者が、捜査機関(警察署又は検察庁)に対し、加害者を処罰するよう求めることです。また、犯罪である以上、民法上の不法行為にも当たるわけですから、被害者は、加害者に対し、民事上、慰謝料等の損害賠償を請求することができます。
以下、これらのことについてもう少し詳しく見てみましょう。

第1に、刑事告訴の件です。
 痴漢は、犯罪であり、現行犯で、かつ、否認している場合は、加害者は、殆ど間違いなく逮捕され、身柄が拘束されます。所轄の警察署の留置場に連れて行かれることになります。「私は、やっていない。」と言っても、「女性の被害者が、お前に触られた、と言っている。」と言われ、弁解は取り上げて貰えない現状にあります。
犯罪者は、逮捕されますと、原則として、3日間以内の逮捕、10日間の勾留、そして、1回延長され、更に10日間の勾留がされます。都合23日間の身柄拘束を受けることになるというわけです。この期間は、会社などにきちんと、まじめに勤務している人ほど堪えます。なんとか、会社等に知られないようにしながら、年休などを使ってやりくりするわけです。当初は、家族にも知らせないことが多いものです。したがって、最大23日間の身柄拘束といっても、できるだけ早く釈放して貰いたいと加害者側はしきりに考えるわけです。それを実現する方法は、唯一、犯罪を認めて、被害者と示談をし、告訴を取り下げて貰うことしかありません。
 痴漢は、刑法上の強制わいせつ罪として立件されますが、この犯罪は、親告罪となっています。親告罪とは、被害者側からの告訴がなければ起訴できないという犯罪です。起訴前の逮捕・勾留などは、犯罪であることが一応証明できていれば、行うことができるのですが、起訴は、告訴がないとできないという犯罪なのです。強制わいせつ罪というのは、名誉毀損罪などもそうですが、極めてプライバシー性が強いので、犯罪者を処罰するかどうかにつき、被害者の意思を尊重するからです。
この告訴の取消しは、起訴されるまでにしなければなりません。通常、起訴は、この23日間の身柄拘束期間中の最終日までに決定されますから、この期間内に、加害者は、罪を認め、被害者と示談して損害賠償を支払うことが必要になります。 弁護士として経験したところでは、示談金は、30万円程度ですが、この支払と引き換えに被害者は、告訴取消書を加害者に交付します。被害者側があくまでも示談はしない、告訴は取り消さないという態度を示せば、加害者が極めて困った状態になりますから、示談金が不満なのかということで、金額が100万円にもなることがあるわけです。
起訴されて、なにもかも失うよりは、お金で解決できれば良いということでしょう。もし、示談が成立せず、起訴されてしまうと、痴漢の態様等にもよりますが、実刑になり、刑務所に入所しなければならないこともあります。
 このように、見方を変えれば、この点では、被害者は、加害者を刑務所に送り込む生殺与奪の権利を握っているといえるほど強い立場に立つことになります。
 もっとも、以上の話しは、罪を認めた場合のことであり、冤罪であり、絶対に、自分は、やっていないと言う加害者は、罪を認めることはあり得ませんので、示談ということはありません。

第2に民事上の損害賠償請求です。
痴漢の被害により、精神的苦痛を被ることは間違いありませんので、慰謝料を請求することができることは間違いありません。それ以外にも損害を被ったときは、相当因果関係のある範囲内で、これも請求することができます。例えば、仕事を休んだことによる休業損害などです。刑事告訴を取り消すかどうかとは関係がありません。刑事告訴を取り消すことなく、すなわち刑事上の処罰を求めながら、民事上の損害賠償を請求することはできるわけです。損害額は、先程述べたような金額が参考になります。

第3に、刑事事件では、犯罪被害者保護法で被害者が守られています。
例えば、被害者として証言するのに、被告人たる加害者と顔も見せたくないし、見たくもない場合は、被告人から見られないような環境のもとで証言することができますし、被害者の言い分を法廷で述べる機会も与えられますので、安心してください。



平成23年7月

「痴漢は犯罪 君子危うきに近寄らず 〜後編〜」

前編より
 被害者があくまでも示談に応じないときもあります。この場合は、悲惨です。加害者とされた者は、逮捕・勾留され、おおよそ23日間、身柄拘束された後、起訴され、場合によっては、実刑にもなります。裁判では、検察官から徹底的に責め立てられます。犯罪被害者保護法の施行により、最近、被害者及び被害者の家族等が傍聴しているときがありますが、このような場合は、被害者向けに更に一層責め立てられます。一時の享楽のために、痴漢などやるべきものではなかったと嘆げかない被告人はいないだろうといえるぐらい徹底的に攻撃されます。信じられない方は、是非、法廷を傍聴してみて下さい。最近は、このように痴漢事件については、厳罰をもって対処しているといえます。
 ところで、身に覚えがないのに、痴漢の疑いをかけられることがないとはいえません。有能な弁護人なら無罪にしてくれるだろうと思うでしょう。しかし、現実は甘くありません。無実を訴えて、何か月も勾留され、多額の費用をかけて裁判で争ったとしても、必ずしも、無罪になるという保障はありません。被害者の供述が不自然・不合理なものでもなければ、裁判所は、被害者の供述を信用する流れにあるからです。被告人が一流会社の管理職などであり、前科前歴など全くない場合でも、そして、必死にその無実を訴えても被害者の供述の方を信用するのが刑事裁判の実際なのです。かえって、無実を訴えて、争えば、反省がないとして、重い罪に問われることにもなるのです。
 このように身に覚えがなく、否認して争っている場合でも、痴漢事件の証拠構造としては、被害者の供述しかないというのが殆どなのです。被害者の供述のみで有罪にするというおよそ刑事裁判では考えられないことがこの痴漢事件に限っては、行われているのです。誰でも分かることですが、もし、被害者に触ったり、なでたり、手指を挿入したりすれば、その痕跡が残るはずです。被害者の衣服の繊維が犯人の爪の間に挟まっているはずですし、被害者の衣服に犯人の指紋がついていることもあるはずです。手指に体液が付いていることもあるはずです。このような客観的な証拠があり得るのに、捜査官は、これらの証拠を収集しようともしません。裁判所もこのような客観的な証拠がない以上、被害者の供述だけでは、有罪とすることはできないとする判決をしていないのが実情です。それでも、弁護人、被告人の必死の立証により、無罪になる事例はあります。しかし、被害者の供述が不自然・不合理で信用できないとされるような事例です。
 電車の中で、「この人、痴漢です。」といわれて、咄嗟に適切な対処ができる人などいないものです。むしろ、痴漢常習者の方が慣れていて、「どこに触った証拠がある!」などと大声で騒ぎ立て、被害者を萎縮させてしまうとか、痴漢常習者は、巧妙に振る舞い、殆ど捕まることがないともいわれています。
身に覚えがないので、話せば分かる、何かの間違いだから直ぐに理解して貰えるだろうとなどと安易に考えていると先程の身柄拘束になってしまいます。恐ろしいことなのです。
 ところで、強制わいせつ罪は、親告罪なので、被害者が告訴をしなければ犯罪として起訴することはできません。仮に、告訴しても、起訴までに取り下げられれば起訴されません。
大方は、このような嫌疑を受けることもないほど身の保全を図っていること(電車に乗車したときは、手をつり革に。あるいは女子の後ろには立たないなど)と思われますが、万一ぬれぎぬを着せられた場合などは、直ちに、弁護士に連絡をして、適切妥当な対策を早急に講じるべきです。身柄拘束期間中も何とか年休で処理することもでき、せっかくの地位を失ったり、家族から白い目で見られることもないようにしたいものです。
 なお、被害者との示談金は、30万円から50万円程度、あるいはそれより高額になるときもあり、100万円を支払って示談し、告訴を取り下げて貰ったという例もあります。まさに「君子危うきに近寄らず。」です。


平成23年6月

「痴漢は犯罪 君子危うきに近寄らず 〜前編〜」

1「痴漢は、犯罪です」というポスターを見たことがない人はいないでしょう。
痴漢は、犯罪である、といっても、痴漢罪という犯罪はありません。刑法的には、強制わいせつ罪に該当することになります。刑法176条に規定されています。
13歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした場合及び13歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした場合に犯罪になり、刑罰としては、6月以上7年以下の懲役が科されることになります。

2 刑法の条文を良く見てください。
 @ 被害者は、男女になっています。痴漢やわいせつ罪の被害者には、男性もなり得ることになります。実際に少年などが強制わいせつ罪の被害者になっています。

 A 加害者には男女の別、年齢の別がありませんから、誰でも犯罪者になり得ることになります(もっとも、刑法上処罰されるのは、14歳以上の者ですが。)。

 B 問題は、被害者の年齢を13歳で区別していることです。被害者が13歳以上の場合は、暴行・脅迫によりわいせつ行為をした場合のみ犯罪になり、暴行・脅迫を用いないときは、刑法上の強制わいせつ罪にはならないことになります。同意があれば刑法上の犯罪にはならないことになります。他方、被害者が13歳未満である場合、例えば、被害者が小学生や中学1年生である場合は、暴行・脅迫を用いない場合でも、相手が同意しても、強制わいせつ罪になります。

 C 次に、暴行又は脅迫とは何か、です。被害者が嫌がって抵抗しているのに、無理にわいせつ行為を継続すると暴行・脅迫があったと認められること。例えば、身動きが出来ない状況にある被害者に対し、わいせつ行為を継続したり、下着の中に手指を挿入することなどは暴行・脅迫があったとされること。被害者が13歳未満であるときは、嫌がったり抵抗していなかったとしても、強制わいせつ罪になるということは前記のとおりです。
 暴行とは、正当の理由なしに、他人の意思に反してその身体髪膚に力を加えることをいい、その力の大小強弱を問わないから、他人の家に侵入し、臥床中の女子の意思に反してその肩を抱き、左手で陰部に触れたことは暴行によりわいせつ行為をしたものとなります(大判大正13年10月22日)。
女子の意思に反して指を陰部に挿入することは、それ自体暴行を用いてわいせつの行為をしたものとなります(大判大正7年8月20日)。
 強制わいせつ罪のわいせつは、姦淫の目的をもってした行為を含まず(大判大正3年7月21日)、この場合は強姦未遂等になります。
 また、都や県には、迷惑防止条例があり、痴漢のような迷惑行為は、暴行・脅迫に至らない手段で行われるときもありますので、これらを取り締まるために、条例を作っているということになります。刑罰が重くなっており、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金が科されます。
 暫く前までは、現行犯でもなければ、痴漢を証明するのは、被害者の供述だけということが多いため、なかなか犯罪として検挙されることはなかったと言ってよいと思います。泣き寝入りが通例だったのではないでしようか。しかし、最近の傾向は、全く違います。唯一の証拠が被害者の供述「この人が私に痴漢行為を働きました」というだけでも捕まってしまうので現状です。弁護士からすれば、この程度の証拠で捕まえられるというのでは、誰でも痴漢犯人にされてしまうおそれがありますから、「それはないでしょう。」と言いたいのですが。身に覚えのある人は、犯罪を認めたうえで、罰金を支払ったり、被害者と示談をして早急に解決することになるでしょう。
                                後編へ続く


平成23年5月

「強制起訴ー検察審査会の役割」

1 裁判の場合は、公開の原則によって市民のチェックを行うという制度があります。

2 平成21年5月21日施行の裁判員法により、重大な刑事事件を審理する刑事裁判については、裁判員という市民が参加することによって、市民の健全な常識が反映される制度が導入されることとなりました。

3 ところで、犯罪があったときに、犯人に対する起訴・不起訴を判断するのは、我が国では、検察官のみとなっています(刑事訴訟法247条)。これを検察官の起訴独占主義といいます。

4 では、検察官は、犯罪があったときは、必ず、犯人を起訴しなければならないのか、ですが、法律ではそうはなっていません。
  検察官は、犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる(刑事訴訟法248条)ことになっています。これを起訴便宜主義といいます。

5 公訴しないこと(起訴しないこと)は、検察官の判断でされることになりますから、上司の決裁を受けているとは言え、不起訴処分は、いわば検察内部での密室の判断ということになり、市民のチェックを受けていないこととなります。

  この検察官のした不起訴処分判断が正しいのかどうかについて、市民のチェックを行わせるというのが検察審査会の制度の趣旨、役目ということになります。
不起訴の理由としては、嫌疑なし、嫌疑不十分、時効成立、被疑者死亡、起訴猶予等があります。問題となるのは、この起訴猶予です。これは、嫌疑がある(犯罪は成立している)が、「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としない」と検察官が判断したことにより、起訴しないことを指します。
  起訴猶予については、検察官の恣意的判断や癒着等があるとすれば、被害者等が納得するはずがありません。このようなおそれのある場合に検察官の不起訴処分の是非(妥当性、相当性等)を市民にチェックさせるというのが制度の趣旨であったと言えます。検察審査会の制度は戦後の昭和23年から施行されているものです。
 市民から選ばれた11名の検察審査員の判断は、不起訴不当(更に詳しく捜査すべきである)、起訴相当(起訴すべき)、不起訴相当(不起訴でよい)があります。起訴相当と判断した事案については検察官が再度の捜査をしたうえ、再度、不起訴処分にした場合に、検察審査会が再度の起訴相当の判断をしたときは、起訴をしなければならないことになります(これを強制起訴といっています)。この強制起訴の制度は、最近の改正の結果制定されたものです。
 小沢一郎氏のケースについては、このような経過を辿り、先日、起訴されました。

6 市民が司法手続きに参加する趣旨は、市民の叡智を集めて無実の人を処罰しないという冤罪を防止するためにこそ行われるべきだという考え方からすれば、刑事法のプロが二度にわたり、有罪にできないと判断し不起訴処分にした事案(嫌疑なし、又は嫌疑不十分の事案)を、法律の素人で、くじで選ばれた市民に強制的に起訴する権限まで与えることが良いのかどうかが今問われている面があるということにも注目しておかなければならないと言えます。

                          


平成23年4月

「裁判員制度あれこれ あなたも裁く人に」

 平成21年5月21日から「裁判員裁判法」が施行され、同年8月3日からその裁判が始まりました。選挙権を有する人は原則として誰でも裁判員として裁判に関与することになりました。
あなたも裁判員になる機会があります。裁判員制度の概略を理解しておきましょう。

 @裁判員制度は、国民に裁判員として刑事裁判に参加してもらい、被告人が犯罪者かどうか、すなわち有罪かどうかを判断し、有罪の場合は、どのような刑罰を科すのが相当かを裁判官と一緒に判断する制度です。裁判員は国民の義務となります。

 Aどんな事件を担当するかと言いますと、殺人罪など重大な刑事事件になります。したがって、民事事件は担当しません。

 B裁判員は、国会議員や法曹関係者等を除く、20歳以上の有権者から毎年くじで選ばれます。事件毎に選ばれますが、裁判長の面接を受けることとなります。

 Cもし選ばれたら?法律の知識には不安がありますか?大丈夫です。裁判員の仕事に必要な「法律に関する知識」や「刑事裁判の手続き」については、制度上は、これらの知識を有していることは必要とされていません。むしろ、法律や裁判に「素人」であることを前提としています。法律や裁判手続については、裁判官によって丁寧に説明されることになっていますし、裁判官と裁判員が十分に合議しながら評議を進めていくので、裁判員が法律に関する専門的な知識を持っている必要はないとされているのです。そもそも、法律家ではない一般人(市民)の健全な常識を反映させようとするのが制度の目的です。

 D会社経営者や会社員なら当然気になるところですが、裁判員となるために休みを取ることは労基法7条で認められています。裁判員として仕事を休んだことを理由として、解雇などの不利益な取扱をすることは法律で禁止されることになります。

 E裁判員には必要な交通費・宿泊費や日当も支払われることになっています。そうすると、会社としては、ノーワーク・ノーペイの原則に照らして、その分の賃金は支払わないということになるのか、それとも特別休暇として賃金を支払うという取り扱いをするかは各勤務先で決定することとなります。

 F裁判員として裁判所に出廷することに不都合な場合もあります。このような場合、相当の理由がある場合は辞退が認められます。70歳以上の高年齢者、学生、病気、育児、仕事で支障等があって、辞退を認めることが相当と判断される場合です。

 G事件を担当する裁判員の数は、職業裁判官3人に対し、その倍の6人となります。したがって、裁判員裁判の場合、裁判官と裁判員の合計9人から成る合議体が構成されることとなります。その分、法廷も随分と大きなものになります。

 H評決は、実際は全員一致を目指すでしょうが、法的には過半数で決めることができます。ただし、その結論には裁判官及び裁判員各1名以上の賛成が必要です。

 I裁判員・裁判員候補者の義務・責任としては、裁判員候補者は、裁判所に出頭し、正当な理由のない不出頭や質問への回答拒否、虚偽回答は過料の対象となります。裁判員は、担当する裁判の期日に出頭し、宣誓し、評議では意見を述べる義務があります。裁判員は、関係者のプライバシーや合議体のメンバーの意見を生涯にわたって多言することは禁止されています。違反した場合は、6か月以下の懲役や50万円以下の罰金に処せられることになります。裁判員は公務員として収賄罪の適用対象ともなります。

 J裁判員の氏名、住所などを特定できる個人情報は非公開です。裁判以後も本人が同意しない限り公開されることはありません。裁判員への事件に関する接触は禁止されます。元裁判員にも職務上知り得た秘密を知る目的で接触することは禁止されます。
 皆さんも、近い将来、好むと好まざるとに拘わらず、裁判に関与せざるを得ない時代が来ました。今後は、可能な限り、裁判記事にも関心を持つことが期待されます。


平成23年3月

「クーリングオフについて」

 「先日、消火器のヤマトアーバンテックです、と言って消火器の大手メーカーであるヤマトととても似た名称であるヤマトアーバンテックと名乗る会社の担当者が来社して、当社の消火器の薬剤充填期間が経過しているので、これを充填する必要があると言いました。当社に消火器を販売したヤマトの関連会社と誤信してしまい、また、良く確かめなかったので、例年と同様なのかと先入観を持ってしまい、担当者の言うままに、消火器全部についての充填を目的とする消防設備点検整備請負契約書という書類にサインをしてしまいました。
 書類をよく見ますと、消火器20本の詰め替え費用等として29万円と記載されておりました。詰め替え費用は、1本数千円が相場だということですから、倍以上の値段です。びっくりし、直ぐにクーリングオフをすることとしました。
 ところが、書面には、『特定商取引法26条に基づき、法人や事業所及び社団を含む各団体・組合等による契約の申込については、クーリングオフの適用がなくキャンセル等ができませんので、ご注意下さい。』と書いてあり、ヤマトアーバンテックに問い合わせしたところ、適用除外になっているからクーリングオフはできないと言ってきました。また、書面には、代金についての遅延損害金は、年30パーセントであるとか、本契約についての紛争は、大阪地方裁判所を第一審管轄裁判所とするなどの記載もありました。サインしたことにより、これらの約束をしたことになるわけですが、代金を支払わないと年3割もの高額の損害金も付きます。本契約について、クーリングオフしたいのですが、できませんか。」

《解答》
 ご心配には及びません。クーリングオフができますので、速やかに、顧問弁護士に依頼して弁護士から内容証明郵便を出して貰い、クーリングオフしましょう。
 確かに、特定商取引法では、その申込をした者が営業のためもしくは営業として締結するものなどについては、適用除外になっておりますから、営業のため、あるいは営業としてした契約については、クーリングオフはできないこととなります。業者は、ここを突いてきているのです。御社は、会社であるから、商行為を行っている、商行為をしている会社の行為は、営業のためもしくは営業として、していることになるのだから、特定商取引法の適用除外であって、クーリングオフはできないのだという見解です。
 特定商取引法26条は、株式会社などの法人の行為にはクーリングオフはできないと規定していますので、業者は、形式的にこの規定を盾にして、言葉巧みにあるいは脅迫的、威圧的な態度で、義務の履行を求めてくるわけです。
 しかしながら、このような事例について大阪高裁平成15年7月30日判決は、法人でも非営利法人である場合は勿論、営利企業であっても、消火器を営業対象としていない場合には、特定商取引法によるクーリングオフが可能であると判示しています。
 本件のような業者は、悪質業者というべきものであって、かなり扱い難いものです。速やかに法的措置をとることが必要ですし、そもそも、契約締結時に十分に注意をする心がけが必要と思います。


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