かけはし誌上コラム(かけはし掲載分) | 羽田鉄工団地協同組合 |
最新号(平成24年12月) | |
平成24年 1月 | 「大相撲あれこれ」 |
2月 | 「家族主義経営」〜人を大切にする会社〜」 |
3月 | 「遺言あれこれ その1」 |
4月 | 「遺言あれこれ その2」 |
5月 | 「遺言あれこれ その3」 |
6月 | 「遺言あれこれ その4」 |
7月 | 「道路交通法と自転車」 |
8月 | 「自転車にまつわる法律問題」 |
9月 | 「知っておきたい法律知識〜詐害行為とは〜」 |
10月 | 「知っておきたい法律知識〜弁済にまつわる問題」 |
11月 | 「意外! 法律はこうなっている。その2」 |
12月 | 「役に立つ労働法の知識@」 |
平成24年12月
「役に立つ労働法の知識@」
今回から暫くは、経営者側が知っておいた方が良いと考えられる、役に立つ労働法に関連する諸問題を取り上げます。労働法という単体法はありません。労働基準法、労働組合法、男女雇用機会均等法、高年齢者雇用安定法、労働者派遣法、最低賃金法など労働関連法規全体を指して労働法と言われています。
使用者と労働者との間の個別労使紛争は、近年ますます、増加傾向にありますが、その原因は、使用者側の労働法の知識の欠如にあるとも言われています。
その意味では、無益な紛争を避けるためにも、また不幸にして紛争が起きてしまった場合にできるだけ実効性のある解決をするためにも基本的知識は知っておいた方が良いということになりましょう。
ちなみに、次の小問に答えて下さい。皆さんの労働法の知識を確かめてみましょう。
@学生の本分は、当然勉強することにあります。しかし、アルバイトをしている学生もおります。この学生アルバイトは労働基準法の規定する労働者でしょうか。いかがでしょうか。
アルバイトは学生に限りませんが、この小問では、学生アルバイトを取り上げています。皆さんの会社でも学生をアル バイトとして雇う場合はあるでしょう。学生アルバイトの労働法における位置づけはどのようなものでしょうか。
研修生や実習生とも違う、学生アルバイトとして雇うことがある場合に備えて労働法の知識を身につけておきましょう。
もし、学生アルバイトも労働基準法上の労働者ということになりますと、労働基準法の規定で「労働者は」と規定しているのは、「学生アルバイトは」と読み替えることなります。すなわち、労働基準法で労働者を保護する規定は、学生アルバイトにも適用されるということになります。相手が学生アルバイトだからと侮ってはいけないということになります。
労働者については、労働基準法9条は「この法律で『労働者』とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」と規定しています。そして賃金については、同法11条は「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」と規定しています。
労働基準法では、労働者の定義につき、男女、年齢、身分といったものを限定していません。「事業に使用される者で、賃金を支払われる者」は労働者とされます。アルバイト料も賃金に入りますので、学生でも事業に使用され、アルバイト料が支払われているならば、労働基準法上の立派な労働者となります。
正解できましたか。
A次に、この学生アルバイトは、未成年者であるとします。この学生とアルバイト契約を締結する場合、未成年者である学生と締結するのか、それとも親権者たる親とするのか。
アルバイト契約は労働契約であり、法律行為です。未成年者の法律行為は親権者の同意がないと取消しができる、という法律があります(民法5条2項)。
さあ、いかがでしょうか。
労働基準法58条1項は、未成年者との労働契約につき、特別な規定をしています。すなわち、「親権者又は後見人は、未成年者に代わって労働契約を締結してはならない。」と。保護者が未成年者の代わりに労働契約を締結して働かせてきた歴史があるからです。未成年者を保護するためでもあります。
したがって、アルバイト契約は親がこの学生に代わって契約することはできません。
なお、未成年者に代わって労働契約を締結した者(使用者も保護者も)は、30万円以下の罰金に処せられます(同法120条1号)。
労働基準法は労働者を守るための法律ですから使用者には罰則をもって厳しく規制していますが、このように使用者以外の保護者も罰則を受ける規定があります。
平成24年11月
「意外! 法律はこうなっている。その2」
離婚か、相続か。財産を取得するにはどっちが有利?
甲さん夫婦は、結婚30年の熟年夫婦である。ところがこの度不幸にして離婚することになった。未成熟子はいないので、親権の問題は生じないのであるが、結婚30年の間、自宅や賃貸マンションも所有するようになり、10年前には、甲さんは、親の死亡により多額の遺産を承継している。仲の良かった夫婦は、今、離婚に伴う財産分与で熾烈な闘いをしている。
さて、甲さんは、親から相続した多額の財産も財産分与の対象にしなければならないのだろうか。
熟年夫婦の妻側からの相談事として、今、離婚した方がよいか、それとも、夫が死ぬまで離婚しない方がよいか、という相談を受ける場合も珍しくありません。あまりいい話ではありませんね。
タイガーウッズの例のように、離婚により莫大な財産分与や慰謝料が支払われるアメリカでは、夫に不貞(不倫)行為があれば、離婚による莫大な慰謝料を勝ち取ることができるでしょう。この点、日本での慰謝料額は、極めて低額なので、時々期待はずれで依頼者を悲しませることがあります。
日本でも婚姻時に夫婦財産契約を締結すれば、民法所定の夫婦の財産処理と異なる定めをすることができますが、あまり聞いたことがありません。
さて、離婚時の問題としては、財産分与でどれだけ財産を清算しなければならないかということになります。
民法762条1項は、婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(その者の単独で有する財産の意)とする、と規定しており、財産分与は双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して決めることとしています(民法768条3項)。したがって、離婚に伴う財産分与すべき財産は、婚姻後に夫婦が協力して得た財産をもってするのが原則となります。実際には、同居期間中の形成財産が対象となります。親から相続した財産や贈与を受けた財産は、夫婦で協力して形成した財産ではないことから、分与の対象にはなりません。別居後も、協力して形成した財産ということはできませんので、対象とならないと考えられます。
財産分与は、婚姻中(厳密に言えば、同居中)に夫婦で協力して形成した財産について行われるということになります。
ところが、配偶者の死亡に伴う相続による財産の承継は、死亡時の全財産の2分の1である(遺言で他の者に遺産を全部相続させるとしていない場合)。この2分の1というのは、子がいるときの法定相続分です。妻以外に相続人が居なければ全額。子がいないが親がいるというときは、妻は3分の2、親がおらず、兄弟姉妹がいるという場合は、妻は4分の3の相続分ということになります。
離婚に伴う財産分与は、婚姻後の協力の度合い等が問題にされますから、婚姻期間の長短が重要な考慮要素となることはいうまでもありません。これに対し、相続は、僅か1日であっても法律上の配偶者であれば上記の相続分を有することとなります。
もっとも、財産分与は原則としてプラスの財産を承継するのに対し、相続の場合は、マイナスの財産(負債)も承継することになりますので、注意しなければなりません。
また、相続は、正規の夫婦にしか認められません。
正規の夫婦であれば、婚姻期間の長短は無関係です。多額の財産を有している人と婚姻すれば、翌日に死亡した場合でも、妻であれば、子どもいる場合、2分の1の相続をすることになります。なお、万一、遺言があって、妻以外の者に妻の遺留分を侵害するような遺贈をしている場合は、妻は、遺留分減殺請求を1年以内に行使すれば、4分の1の相続分は取得できることとなります。
平成24年10月
「知っておきたい法律知識〜弁済にまつわる問題」
前回に引き続き、債権の回収にまつわる問題です。
1 A社は、B社に売掛債権を有していましたが、B社は、なんだかんだと言い訳をしてなかなか返済してくれません。催促している間にも、会社の業績は悪化の一途をたどり、B社は倒産のおそれがある状況に至っています。
A社の古参の営業担当A君は、B社に夜討ち朝駆けして、有している2000万円の債権を回収しょうとしています。
2 B社は、今や会社の体を成しておらず、C社に対して有している売掛債権もほったらかしにしています。
A君が調査したところでは、C社に対して有している売掛債権は1000万円もあることが分かりました。
そこで、A君は、B社のC社に対して有している売掛債権を回収しようと考えました。
どんな方法があるのでしょうか。
【解説】
1 はじめに〜「弁済」とは
弁済とは、債務の内容を実現させる行為(給付行為)によって債務を消滅させることです。例えば、貸金契約において借り手が貸し手に貸金を返済すること、売買契約において売り手が買い手に売買代金を支払うこと等が典型的な「弁済」です。
このような弁済は、債権者からみれば、債権の回収としての意味を持ちます。では、債権者は弁済を誰からどのように受けることができるでしょうか。
2 債務者以外の者からの弁済の可能性
まず、基本的には債務者が弁済者となります。さらに、B社に連帯債務者や保証人(連帯保証人も含む)がいる場合、これらの者も自らの債務として弁済の義務があるため、A社はこれらの者から弁済を受けることができます。
3 債権者代位権とは
民法で認められている権利として、債権者代位権(423条)があります。債権者代位権とは、債権者が、債務者の有する権利を、債務者の代わりに自ら行使できるという権利です。これは、債務者の財産を保全することで自己の債権回収の可能性を高めるための権利です。A君の例では、C社に対して売掛金の弁済を求める権利を有していますから、A社は、これを行使しないB社に代わって、B社のC社に対する売掛金債権の弁済を請求できることになります。
当事者間の法的な関係は、当事者の自由な意思によって規律されるというのが民法の大原則ですから、他人の介入を認める債権者代位権は、あくまで例外として認められるに過ぎません。
したがって、債権者代位権の行使にはその要件を充たす必要があります。例えば、債務者本人が債権行使する前であること、債務者が無資力であること等です。また、本人の意思に特に委ねるべき権利は対象とできないという要件もあります。
今回のケースでは、そのような場合に当たりませんので、A社は、B社に代位してC社に対する1000万円の売掛金債務を直接A社に支払えという請求をすることができます。
平成24年9月
「知っておきたい法律知識〜詐害行為とは〜」
今回は、債権回収にまつわる問題を取り上げました。
日頃から人一倍に会社のことを考えている営業担当A君の心配事です。
A君担当の取引先の様子がどうも変だというので、可能な限り調査することになりました。
すると、取引先は、業績が上がっていないばかりでなく、辞めていく社員もいること、風体の悪いサングラスをかけた男達が会社に出入りしているということなどが分かりました。しかも社長の持ち家に最近になって高額の抵当権が設定されました。
A君の会社A社は、昔からの取引先を大事にする会社なので、依然として毎月1000万円単位の売掛金債権が出るような取引をしています。A君としては、気がかりでなりません。このまま同じ条件で、取引を継続すべきなのか、上司に状況を話して取引を中止すべきか、返済日を早めて貰うか、現金取引にするか大いに悩んでいました。
A君は、上記調査結果を踏まえて踏ん切りがつきました。A社の取引先に対する累積の売掛債権は3000万円になっています。取引を一時中断し、この売掛金債権をなんとしても回収しようと考えました。
A君が取引先に何度も足を運んだことはいうまでもありません。その甲斐がありました。常日頃から親しくしている取引先の営業担当者B氏が、A君に,今月末に、2000万円の売掛金が入ってくることを教えてくれました。
A君は、取引先にはA社以外の他社にも債務を負っていることを知っています。だからこそ回収ができるかを心配していたわけです。
また、A社だけ2000万円を回収する場合には、法的に問題があるのではないか、しかもB氏から教えて貰った情報に基づくものです。詐害行為として弁済は取り消されるのではないか、A社を裁判に巻き込むことになるのではないかと心配をするようになりました。
A君のこの問題は次のように考えます。
(1)弁済とは
「債権者は、弁済期の到来した債務の弁済を求めることは、債権者の当然の権利行使であって、債務者も債務の本旨に従い履行をなすべき義務を負うものであるから、債務超過の状況にあって、一債権者に弁済することが他の債権者の共同担保を減少する場合においても、弁済は,原則として詐害行為とならない」とするのが最高裁の判例です。
(2)詐害行為とは
ところが、「債務者が一債権者と通謀し、他の債権者を害する意思をもって弁済したような場合には詐害行為となる」との判例もありますので、注意しなければなりません。
取引先が債権者全員に弁済できないほど資力が不足している場合があります。A社が今回の2000万円を優先的に回収することにより、他社が債権を回収できなくなってしまうことがありますと、債権者平等の原則(債務者の財産が、複数の債権者の総債権額よりも少ない場合、各債権者は債権額の割合に応じた弁済を受けるという建前)に反することになり、場合によっては詐害行為になるのではないか、ということになります。
そこで、今回の弁済が「債務者(取引先)が一債権者(A社)と通謀し、他の債権者を害する意思をもって弁済した」場合に当たるかということになります。
A君はB氏からの情報に基づいて2000万円の存在を知り、回収を図るというのですから、「一債権者(A社)と通謀した」ということになるのではないか。
(3)詐害行為取消権とは
詐害行為取消権とは、債務者(取引先)がA社に現金2000万円を弁済したことによりその財産を減少させる行為をしたときに、その結果、債権回収ができなくなった他の債権者(他社)が弁済を受けた債権者(A社)がした弁済という法律行為を取り消すことを裁判所に求める権利のことです。法は、抜け駆けを許していないということです。
ここで明確になりましたが、詐害行為取消権が認められるには、@債務者が債務超過など無資力状態にあること。さらに、A債務者と利益を受けた者(ここではA社)が「債権者(他社)を害することを知って」いたことの要件が必要とされるということです(民法424条1項)。
A君は、A社の累積債権を一部でも回収しようと考えていたところ,日頃の努力の賜物で、B氏から教えて貰えることになった情報に基づき回収できることになったものであり、他社(例えば、特定の競争相手会社)を害する意思をもってしたことではありません。
また、取引先は、業績が悪化しているとは見えるが、無資力とまで言えるかはなお疑問があります。
(4)結論
よって、A君が取引先の営業担当者B氏からの情報に基づいて債権を回収したとしても、他の債権者を害する意思をもって通謀して回収したとの事実が認められないのですから、正当な弁済ということができます。
また、詐害行為取消権という制度はありますが、債権回収ができなかった他の債権者が必ず訴訟を提起してくるとは限りません。
A君は、安心して債権回収を進めて良いということになります。
平成24年8月
「自転車にまつわる法律問題」
前回は、「道路交通法と自転車」のお話でした。自転車は、要するに、道路交通法上の車ですから、交通法規を遵守しなければならない、ということにつきます。
会社における危機管理、法令遵守の立場からすると、非常に身近な問題ではありますが、社員には是非ともこの点は周知徹底しておきたいところです。
社員は、人財ということを考えますと、まず、交通事故で、有為な社員をひとりも無駄に失ってはいけませんし、また、加害者となって他人に迷惑をかけてもいけません。万一、会社が使用者責任(民法715条責任)を問われてもいけません。自転車には、自賠法の適用がありませんから、事故のことを考えますと、任意保険に加入すべきですが、前回述べたように殆ど加入例はないのではないかと思います。軽く考えているのです。ところが、現実には、加害者が自転車の例で、死亡事故も発生しており、そのような場合、損害額は、7000万円を超えた例もあります。保険で払えないのですから、その負担は重いものです。
事例1
「買い物に行くため、歩道を自転車で走っていたところ、通り過ぎざまに振り返った歩行者のオバサンのバッグが自転車の前カゴにぶつかり、転倒。手やひざを擦りむいてしまった。明らかにオバサンの不注意と思われるが、歩行者優先とかで、逆にオバサンから、「バッグにキズがついた!」「自転車は車道でしょ!」と主張され、さらには「訴えてやる!!」とまで言われてしまった。」
オバサンの請求する損害賠償金を支払うべきかどうか。
その歩道には、「自転車通行可」の標識があった。走行はゆっくり目であった。しかも実際ケガをしたのは自転車の運転者の方。最終的にオバサンに訴えられても、勝てるだろうか。
法的責任があるかどうかは、自転車走行に業務上の過失(注意義務違反)があるかどうかで決まります。前方注視義務違反や徐行義務違反があるかどうかです。
「自転車通行可」の標識のある歩道を走行したのですから、自転車で歩道を走行したこと自体は違法ではありません。しかし、「自転車通行可」の標識のある歩道であるからといって事故が起きたときに自転車の運転者に責任が一切問われないわけではありません。自転車もある程度のスピードが出るものですから、大変危険な要素を含んでいるものですし、最近、自転車と歩行者が衝突事故等を起こし、重大な結果を引き起こしていますので、このような事態は予見し得るものです。
前方不注視の違反があるとは言えないと思いますが、前方を歩いていたオバサンが通り過ぎざまに振り返ることが予見できたかどうか、仮に予見できたとして、それに対応し接触を避けることができる程度の速度で走行していたかで過失の有無、程度が判断されます。
道路交通法2条1項20号は、徐行とは、「直ちに停止することができるような速度で進行することをいう」と規定しています。同法9条は、「自転車通行可」の標識のある歩道を走行する場合、「特に歩行者に注意して徐行しなければならない。」と規定しています。
ゆっくりと安全な速度でかつ前方も注視して走行していたと思われ、むしろ、いきなりオバサンが通り過ぎざまに振り返ったために接触したケースとも言えなくもない事案です。しかし、そもそも自転車が歩道を走行する場合は、「直ちに停止することができるような速度」で走行しなければならないのです。運転者に全く過失はないとされるのか相当に疑問があるということになります。
なお、自転車で接触事故を起こした場合でも、警察に通報する義務があります(道路交通法72条1項)。
以上
平成24年7月
「道路交通法と自転車」
意外に知られていないことですが、自転車は、道路交通法上、軽車両に属します。ちなみに馬や牛、そりなども軽車両です。
そのため車両が遵守しなければならない道路交通法上の規制は自転車の運転者にも課されます。このことを実は、現職の警察官にも周知徹底されていないということで、警察においても警察官に指導徹底したと聞いています。まして一般人においては、というところでしょうか。
信号や一時停止の標識を守ること、飲酒運転の禁止、携帯電話をしながらの運転禁止など車両に適用されるものの殆どは自転車の運転者にも適用されます。
交通事故死は、年々減少しており、喜ばしいのですが、交通事故の約6割は、自転車に関係しているというのですから、車の運転をしていない人でも自転車に乗ることは多いでしょうから、十分に気をつけるべきです。
それにしても、傲慢な自転車運転者がいかに多いことか。男女を問いません。「女性だから」、「高年齢者だから」おとなしいだろうなどという常識は通じないのが残念です。
男女を問わず、中高年齢者にも意外に交通法規無視者が多いのです。試みに、交差点である程度の時間、自転車を見てください。
赤信号に従い停止しているか、携帯電話をしながらの片手運転はないか、歩道上をかなりのスピードで走行していることはないか、歩道上ベルをならして歩行者をどかしていないか、夜間、無灯火で走行していないか、等々是非見てください。
自転車に乗るには、免許が不要ですから、道路交通法は守らなくともよいと考えているふしがあります。確かに、免許は不要なのですが、道路交通法の規制を受ける軽車両であることをしっかりと認識理解して頂きたいと思います。
自転車は道路交通法の規制を受けるのですから、法を守る必要があること、守らないと罰金等の罰を受けるおそれがあることを十分に理解し、そして他人にも、自社の社員にもこのことを周知徹底させることが必要と考えます。交通事故の大半が自転車に関係していることに思いを致して欲しいと思います。
車両には自賠責等一般に保険をかけますが、自転車には、自賠責の適用はなく、任意に保険に加入するしかありませんが、加入する人はほとんどいない現状です。
万一事故があったときはその程度によっては大きな損害賠償問題に発展することも現実にありますので、この観点からも注意が必要です。
次回に自転車にまつわる法律問題を紹介しようと思います。
以上
平成24年6月
「遺言あれこれ その4」
「私の弟は21歳ですが、お金がなくなると、実家に帰ってきて親から小遣い銭をせびります。親が注意すると、口答えをするなどして精神的にも虐待し、時には殴ったり、暴力も振るったりもして身体的にも虐待しています。こんな弟ですから、父親としては、弟に遺産を相続させたくないと言っています。『こんな息子には一銭もやれない。相続させれば無駄に使われてしまうだけだ。』と父親は言っています。
弟に相続させない方法はあるのでしょうか。そのためには、どのように対処しておいたらよいのでしょうか。毎日悩んでいる父親を安心させるような途はないでしょうか。」
解答は、次のようになります。
弟さんを相続人から廃除することができます。その手続は、家庭裁判所に請求して行います。
理由は、次のとおりです。
相続争いもここまで来ることがあります。これを相続人の廃除といいます。相続権自体を奪ってしまう方法です。
1)民法第892条に、相続人を廃除する制度の規定があります。遺留分を有する推定相続人が、被相続人(相続される人。死んで財産を残した人)に対して虐待をし、若しくは重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったときは、被相続人は、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求できるのです。家庭裁判所に対して請求するというのは、家庭裁判所での調停、審判で決定して貰うという趣旨です。
この例では、推定相続人とは弟さんのことであり、被相続人はお父さんということになります。遺留分のない推定相続人を相続から外したいときは、遺言書を作成し、この相続人が相続できないようにしておけば足ります。
2)推定相続人の廃除は、遺言によってもできます。生前、推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求すると、何かと波風がたってしまうというおそれがあるときなどは、遺言による廃除手続をとるのが妥当と考えられます。
財産を相続させないというだけなら、遺言で他の相続人に全部相続させればよいのではないかと考えられますが、あなたの弟さんのような被相続人の子どもは、遺言によっても相続権が奪われない権利を持っています。遺留分といわれる権利です。この場合、本来の相続分の2分の1は、遺留分として保障されるということになります。この権利は、遺言によっても奪えませんので、被相続人に対する虐待、重大な侮辱を加えたという場合は、はじめに述べた廃除の制度を利用することにより、遺産を守ることができるわけです。
相続分は遺言により変えられるわけですが、この半分は遺留分として保障されています。その分は、相続人廃除の手続をしない限り、遺言によっても奪われないのです。
なお、子どもを廃除しても、その子どもの子どもがいるときは代襲相続されます(民法887条2項)ので注意が必要です。
参考判例
○広島高裁岡山支部昭和53年8月2日決定(家庭裁判月報31巻7号56頁)
民法892条にいう推定相続人の「その他の著しい非行」とは、単に被相続人に対する非行に限定されるものではなく、他人に対する非行であっても、それが被相続人及び他の共同相続人らに対して、相続的共同関係が破壊されるほど、財産的損害や精神的苦痛を与えるものであるならば、これも「非行」に当たるとし、廃除原因になるとしました。
○福岡高裁宮崎支部昭和40年6月4日決定(家庭裁判月報18巻1号67頁)
長女がかつて少年院にも収容されたことのある男子と婚姻したことを理由に、相続人廃除が認められた事例です。
以上
平成24年5月
「遺言あれこれ その3」
「父親が亡くなって、3年が経つのですが、父親の書き残した遺言書を巡って兄弟姉妹間で争っています。相続人は、母親と子ども4人です。母親は、相続権を放棄しましたので、私達4人の子ども達が相続権を有していることになります。ところで、父の遺言書には父親の財産は、全て長男に相続させるとあります。
長男は、母親の面倒を見ることになっていますが、長女がこれに大反対してます。
次男は長女に歩調を合わせ、次女である私は長男に同調しております。私は、これまでのことを考えると長男が実家の財産である遺産を全部独りで相続することは社会常識的にも妥当だと考えているのですが、長女と次男は長男が独り占めにすることは許されないと言っているのです。母親は、毎日悲嘆しています。「お父さんが生きているときは、兄弟姉妹みんな仲が良かったのに」と。
長女と次男は、遺産である土地は4分の1ずつ分割しろといって一歩も引きません。
その土地の上には、建物があり、母親が住んでいるのに。こんな理不尽なことをいう長女と次男には一銭も分けたくないというのが人情ではないでしょうか。子どもは、相続分の半分は当然の権利として請求できるという話を聞いたことがありますが、どういうことでしょうか。このような理不尽な請求をし仲違いするような長女や次男にも請求する権利がありますか。
解答は、「相続人である兄弟姉妹には遺留分がありますので、遺言書で長男に遺産全部を相続させるとしたとしても、長女や次男には、それぞれ本来の相続分の半分の権利があります。」ということになります。
理由は、次のとおりです。
1)遺言書では、長男に遺産の全部を相続させるというのですから、長男が遺産全部を取得することになります。したがって、他の兄弟姉妹に分けてやる必要はありません。しかし、遺留分減殺請求権といって、子どもや配偶者には、そのような場合でも、本来の相続分の半分の権利を主張することができるとされています。そうすると、長女や次男にもその権利はありますので、その権利を行使されれば、長男は、長女と次男に対し、本来の相続分である4分の1ずつではなく、その半分である8分の1ずつを分けることとなります。
2)しかし、遺留分減殺請求をするためには、「相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から」1年間これを行わないときは、時効によって消滅すると規定されています。
3)長女や次男は、このような遺留分減殺請求を長男あてに1年の間にする必要があります。ただ単に、遺言書に不満を述べているということだけでなく、この遺留分減殺請求をしていない場合には、消滅時効にかかり、8分の1ずつを分ける必要がありません。
ただ、兄弟姉妹間のことですから、現在は、遺産を巡って「相続」ならぬ「争族」争いになっているとしても、円満に解決したいという場合は、家庭裁判所に調停を申立てて話し合いで解決する途があります。
ちなみに遺産の範囲ですが、
1 相続の対象となる財産として
(1)不動産
(2)不動産上の権利・・・借地権、借家権、永小作権など。
(3)現金・預貯金
(3)有価証券
(4)債権
(5)無体財産権
(6)生命保険など各種保険類
(7)ゴルフ会員権
(8)動産(自動車、宝石、美術品、ペット、家具)
(9)債務(通常、物件に関する債務であれば、当該物件を取得したものが負担すべきものとされています。被相続人が相続が始まる前に負担した保証人契約による保証債務も負債相続の対象となります。)
2 相続されない財産(一身限りのものや祖先の祭祀は相続とは別と考えられています。)
(1)被相続人名義の年金
(2)祖先の系譜、墓地、仏壇、神棚などの所有権
以上
平成24年4月
「遺言あれこれ その2」
前回に引き続き、遺言の補筆です。
1)民法の規定である「することができない」という規定は、方式に従っていなければ、無効という意味です。
遺言の無効とは、遺言としての効力がないということですから、「遺言はないと同じ」ことになります。折角意を尽くして作成した遺言が死後、無効となるのでは、死んでも死にきれません。
ということがないように、最終意思(遺志)である遺言で大事な取り決めをしようとすればするほど絶対に無効にならないように注意をしなければなりません。
2)さて、「遺言あれこれ その2」として、今回は、自筆証書遺言書の場合には、必ず手書きしなければならない日付と押さなければならない印についてのお話しです。
3)日付についてですが、人は縁起を担いで、「吉日」という日付を書くことがあります。このような記載はどうでしょうか。
例えば、「平成24年2月吉日」と記載した自筆証書遺言書は有効でしょうか。
解答は、ダメ、ということです。このような記載では、作成日を特定できませんので、日付の記載がないとして無効となります。
では、「平成24年2月30日」と記載した自筆証書遺言書は有効でしょうか。
この日は存在しない、あり得ない日です。これまたいつ記載したかが不明となり、原則として無効となるでしょう(もっとも、遺言書全体の解釈から、2月末日の日を記載したものだと認定できる場合はどうか、という問題はあります。しかし、このような、紛争を後に残すような記載はしないにこしたことはありません。)。
なぜ、日付が大切なのでしょうか。
それは、遺言書は何通書いてもよいのですが、日付の一番新しいものが有効となるからです。書き換える都度、前の遺言書を破棄しておけばよいのですが、万一の複数の遺言書が存在した場合、その効力(優先順位)は、日付の一番新しい遺言書が有効となり、古い日付の遺言書は無効となります。
したがって、日付は遺言書の効力を決定する重要な要素となります。
@東京地裁昭和53年10月19日判決(判例タイムズ374号102頁)は、「昭和四拾壱年七月吉日」と自書された自筆遺言証書につき、民法第968条1項の日付の記載のないものとして無効と判示しました。
A東京地裁平成6年6月28日判決(金融・商事判例979号31頁)は、自筆証書遺言の日付が「平成元年11月末」と記載されていた場合につき、「月の末ころ」というよりも「月の末日」を表記したものとして、「平成元年11月30日」と暦上の特定の日を表示しているものと解すべきであるとして有効と判示しました。
4)次に、印のことです。日本人は、実印、銀行印、認印などいくつか使いわけをしています。ところが、遺言書には実印で押印しなければならないという決まりはありません。自署と「押印」は必要なのですが、実印で押印しなければならないというものではありませんので、実印登録していない人でも自筆証書遺言はできることとなります。
なお、日本に居住する外国人が、自筆証書遺言書を作成した際「押印」をしなかった事案で、裁判所は、これを有効とした例があります。これは印鑑を有する慣習等がなく、サイン以外に押印する風習もない特異な場合について、救済した裁判例と考えるべきでしょうから、日本人としては、しっかりと押印するようにしましょう。
@最高裁昭和49年12月24日判決(ジュリスト699号82頁)は、民法968条が自筆証書による遺言に押印することを要求しているのは、我が国の一般的慣行を考慮した結果であり、この慣行になじまない者については、要式性を緩和しても有効とするため、40年間日本に在住し、帰化した白系ロシア人の押印を欠く自筆遺言証書は有効であるとした事例です。
以上
平成24年3月
「遺言あれこれ その1」
実は、私も家内に勧められて、自筆証書遺言書というものを書いています。相続争いをするような財産があるわけではありませんが、気分的に落ち着きました。
さて、今回は、遺言書についての一般的知識の紹介です。特に、密かに、しかもお金のかからない自筆証書遺言書の作成はためになるかも知れません。
「私の父親は今年で75歳になりますが、手が不自由です。遺言書を残しておきたいと言っているのですが、私が代わりにパソコンで打ってあげようと思います。パソコンで打った遺言書は問題があると聞いたことがあるような気もします。いけないでしょうか、またそれはどうしてですか。」
さあどうでしょうか。
解答
自筆証書遺言は全文を自書しなければなりません。したがって、パソコンで打った自筆証書遺言(書)は無効です。これが解答です。
その理由は、
1)遺言書には、いろいろなタイプのものがありますが、遺言を残そうとする者が、その全文、日付及び氏名を自らが書いて(自書といいます。)、最後に印を押して作成するものを自筆証書遺言といいます。遺言は極めて重要な事柄を決めるものですから、この方式に反しているものはすべて無効になります。「自筆証書遺言の場合は全文を自書しなければならない」ということなのです。自書ではない、パソコンやワープロで打った遺言書やビデオに収めた遺言などはこの方式に反しているのですから、残念ながら無効と言わざるを得ないのです。
2)では、手が不自由で自分で書けないようであれば、どうするのか。パソコンではだめだというなら、遺言はできないのか。いいえ、このような場合は、公証人役場に行って、公証人に遺言書の作成を依頼することができます。これを公正証書遺言といいます。ただし、無償ではありません。公証人に支払う費用がかかります。しかし、原本を公証役場で保管してくれるなどメリットも多く、また散逸防止や改ざんを防ぐこともできますので、この意味では、利用価値の高いものです。
3)根拠となる民法の条文は、次のとおりです。
民法第960条(遺言の方式)
遺言は、この法律に定める方式に従わなければ、することができない。
民法第968条(自筆証書遺言)
@自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
A自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
以上です。次回には、日付、印にまつわる問題について取り上げましょう。
平成24年2月
「家族主義経営」〜人を大切にする会社〜」
1 時々、私でも、経営の本を読みますが、「家族主義経営」について興味を持っています。「家族主義経営」とは、要約するに、人すなわち社員を大切にする経営ということと考え
ています。
経営理念としての「家族主義」と言えば、真っ先に出てくるのが、「経営の神様」である松下幸之助氏の有名な言葉「松下電器は何を作っているかと尋ねられたら、人を作っているところだと答え、しかるのちに電器製品も作っておりますと答えていただきたい。」です。
どんな不況下でも「首切り」などの人員削減を可能な限り行わず、社員の雇用を守ることに努めてきたということです。
世界のトヨタもその経営理念は「家族主義」にあるといってよい。奥田元社長は、言明しています。「社員の首切りをする前に経営者自身が腹を切れ」と。
すなわち、社員の雇用を守れない経営者は失格であるといっているのです。
経営がおかしくなったからといって、人件費削減のために社員の雇用に手を付けることの問題を鋭く非難しているといえます。
雇用のことは、私の専門分野である労働問題とも関係するのですが。
2 目を海外に向ければ、「家族主義経営」としては、IBMを創設したワトソン・シニアの経営理念を上げることができます。
IBMも「家族主義経営」を理念として世界の企業にのし上がったのですが、後にMBAを取った経営者に交代して「家族主義経営」を放棄した途端に経営難に陥り、コンピューター部門を中国に売却するなどしたり、リース販売を止め売買営業に切り替えたため一時的には、売上高が増加しましたが、不況により売上げが落ちると財政状態は急激に悪くなってしまったとのことです。リースであれば、リース料が定期的に入り、リース料は不況になったからといって急激に変わるものではないから比較的安定した収入が得られていたのに、それが追い打ちをかけるよう経営難に拍車がかかってしまった。
また、後任の経営者は創業者を退任させ創業者理念を放擲してしまった、ということです。
しかし、その後、創業者が帰り咲き、再び、業績は持ち直し世界の企業になったことはご承知のとおりです。
3 法政大学の坂本光司教授は、会社が「伸びるための10か条」において、社員を大切にする、人本主義を貫くことの大切さ、景気に拘わらず、人財を確保することの重要性を指摘され、これを第一に考える会社を絶賛しています。
教授の「日本でいちばんたいせつにしたい会社」「日本でいちばんたいせつにしたい会社2」等(共にあさ出版)は、人を大切にする「家族主義経営」に興味がある経営者には必読書かも知れません。
日本的経営の特徴と言われてきた終身雇用制、年功序列制は、崩れつつあるかも知れませんが、それでも社員に会社の歴史や伝統と文化の継承をし、忠誠心を求めるには、終身雇用制、年功序列制の良さを見直すなど、もういちど社員を大切にするという理念に立ち返って見なければならないのではないかと思う。
以上
平成24年1月
「大相撲あれこれ」
昨年も、大相撲が揺れに揺れた年でした。朝青龍問題に時津風部屋問題、更には八百長問題と続きました。会社においては、内部統制システムの確立が叫ばれているが、相撲社会においてもその例外ではなかったことを示している。昨年の一連の出来事は、相撲社会には、いまだそれが確立されていないことを図らずも明らかにした。危機管理の不十分さが白日の下に曝されたのである。長く国技として崇められてきたことに胡座をかき、古いしきたりこそが大相撲を支える真実であるかのように錯覚してきたことが背景にあるに違いない。これらの点は、私たちも他山の石として学ぶところがあると思う。
今回はこの相撲を取り上げてみた。
何を隠そう、小学校に上がる前から大相撲に興味をもってきた。子どもの頃は、全力士の出身地、所属部屋、本名、しこ名、得意技、身長・体重など全部覚えていたし、最低でも前場所の取り組み、勝ち負けは覚えていたのであるが、高校入試、大学入試と続くうちに疎遠になり、連続性を失って以降は、暇がある時に大相撲観戦に興じる程度になってしまったのが残念である。
初任地の東京地裁時代は、蔵前国技館であったが、午後5時に霞ヶ関の裁判所を出て、5時30分ころに到着し、大関・横綱の取り組みを当時許されていた花道の立ち見で観戦したことは何回もあり、記憶では、この時間帯になると受付の切符きりもいなくなり、ただで入場できたことも再三あったように思う。
嘘のような話しであるが、小学6年生の時、若桜を名乗り、西の正横綱を務めた。横綱としての土俵入りは、不知火型である。せり上がりの際に両手を広げるあの型である。現在、横綱白鵬がこの型である。
差し出す手は、攻めを、曲げた手は、守りを表すので、不知火型は、両手を広げるということで攻撃に重点を置いた型ということになり、雲竜型は、攻守備わった型であるということになる。短身痩躯の、比較的小さな横綱はこの型を選択していたのではないか。不知火型の横綱は、短命と言われる。これまでの歴史的事実に照らすと肯定せざるを得ないようである。若乃花、旭富士、隆ノ里、琴桜、玉の海が有名であり、若桜もいる。
さて、相撲は何故国技といわれるようになったのかということから始めなければならないが、明治時代に新しい興行館を造る際に、作家が書いたお披露目文の文言から「国技館」と命名されたのが始まりといわれる。基盤は脆弱なのである。その後、昭和天皇の寵愛を受け、戦後のテレビ中継とともに人気を拡大してきたことは承知のとおりである。
私たちが日常使う言葉に意外にも相撲用語を起源とするものがある。「あうんの呼吸」は、立ち合いで呼吸を合わせること。「死に体」は、全く逆転能力のなくなった体勢のことである。また、逆に日常用語の意味と異なる使い方もある。「かわいがる」は、上位力士が下位力士を稽古でしごくこと。「しょっぱい」は、よくないこと。「注文」は、作戦を立てること。「馬力」は、酒のことである。
勝ち名乗りを受けて懸賞金を受ける時に手刀を切るが、これは勝負の神に感謝するものである。正面に神がいるので、東方の場合、まず真ん中、次に右、最後に左の順に手刀を切る。西方は、真ん中、左、右の順に手刀を切ることとなる。これをきちんと守っているか是非とも正月場所で確認して欲しい。
裁判には、引き分けはないが、相撲の行司も必ずいずれかに軍配を上げなければならないとされる。勝敗が分からない、では済まされないのである。相撲の場合は同体があるから、なおさら行司としては大変である。ところが、たまに、力士と一緒に倒されたりして勝敗を判断できないときがある。このときは、5人の勝負審判が協議して決めるという体制を取っているところが素晴らしい。
千葉周作は、剣は、一瞬、と言ったというが、相撲も一瞬だと思う。一瞬の勝負は、立ち合いで決まると言っても良い。あんなに重い力士が簡単に押し出されたり、派手に倒されたりするが、自分の体重のせいで負けてしまうことが多い。重心の移動の問題であるが、相撲は重心移動の勝負ということもできるかも知れない。肥大した図体がかえって敗因となることを教えてもくれる。
立ち合いが大事ということは、何事にも通じる真実のようにも思われる。本年も新たな気持ちをもって、十分に腰を割って、立ち合いに全精力を注ぎ込み、一気に相手の懐深く突き進んでいきたいものである。
以上